祈りの家と強盗の巣

私はクリスチャンではありませんが、バチカン改革に挑み、全く臆することなく発言を続ける教皇フランシスコ(南米出身)を贔屓にしています。

昨年末も教皇フランシスコは、バチカン内からも反感を呼び寄せるようなことをストレートに言い放ちました。

洗礼式や聖体拝領、そして結婚・・・教会での秘Papa Franciscoサクラメントに金銭が介在するなど言語道断。司祭に経済的な野心があって良いはずはなく、キリスト教徒は価格リストなど見せられたら、それがいかに罪深いことかを勇気を持って司祭に告げるべきである。さらに「イエスは神殿内にいる商人たちを追い出し、わたしの家は祈りの家と呼ばれるのに、あなた方はそれを強盗の巣にしている」とマタイによる福音を引用して、止めを刺しています(拍手)

日本の仏教界は、アマゾンの「お坊さん便」が登場した昨年末「宗教をビジネス化している」と猛抗議したようですが、何故、利用者からの問い合わせが殺到したのかを胸に手を当てて考えるべきでしょうね。

日本仏教界に、教皇フランシスコのような革命的な人物が登場するまで、我々はアマゾンに頼るしかないのでしょうか (溜息)

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